7月中ずっとツール・ド・フランスを観戦していたので、私はちょっと寝不足気味だった。第1週からポガチャルとヴィンゲゴーのアタック合戦があり、息もつかせない展開だった。しかし3週目のTTで、ヴィンゲゴーが大きくリードしたのにはビックリした。とにかく約1ヶ月楽しませてもらったので、優勝したヴィンゲゴーを初めとする各選手に感謝したい。
ところで、ツール・ド・フランスを見て思うのだが、総合系を含めたヒルクライム系選手とスプリント系選手の体形が全く異なっているのが気になる。ロードレースという一つの競技に、ヒルクライム系とスプリント系という全く異なる二つの人種がいて、前者は小柄で、後者はマッチョだ。
そこで本記事では、何故、ヒルクライム系選手が小柄で、スプリント系選手がマッチョ・大柄なのかに関して、大胆な仮説と数式に基づいて説明を試みたので、報告する。
本記事は長文かつ数式が多いので、それらが苦手な方は、(7)まとめだけでもご覧ください。
- (1)縦断勾配とは
- (2)ヒルクライムに必要なパワー
- (3)全体の走行パワーの導出
- (4)ヒルクライム速度とパワーウエイトレシオ
- (5)ヒルクライムは、小柄が有利
- (6)スプリントは、マッチョが強い
- (7)まとめ
- 参考文献
(1)縦断勾配とは
右図は坂道でよく見かける勾配標識だ。そこで表示される勾配(%)は、道路の水平距離と高低差の比率なのか、それとも道路に沿って走った走行距離と高低差の比率のどちらなのか、以前からの私の疑問だった。
勾配率を調べてみると、何と日本の法律「道路構造令」20条で、「縦断勾配」として規定されている。その「縦断勾配」の求め方は、日本道路協会の文献(1)図3-60で示されているように、水平距離と高低差の比率が勾配率と説明されている。
すなわち、縦断勾配率Kは、以下の(1)式で表される。
(2)ヒルクライムに必要なパワー
前節で縦断勾配率Kはtanθであることを示したが、θが小さいと仮定すると近似的にsinθ≒tanθとなることが知られている。その近似式を利用すると、縦断勾配率Kは、走行距離DRと垂直距離Hを用いて、以下(2)式で表される。
上図で、走行距離DRを走行した場合の位置エネルギー増分Eは、質量m、重力加速度g、垂直距離Hを用いて、次のように表される。
一方、パワーPsをヒルクライムで位置エネルギーを獲得するための登坂抵抗パワーとすると、Psと時間Tの積が獲得した位置エネルギーEとなる。ここで、Vを速度(m/s)とすると、以下の(4)式が得られる。
(3)(4)式でEを消去し、また(2)式を利用すると、下式を得る。
(3)全体の走行パワーの導出
一般的に自転車走行に必要な走行パワーは、登坂抵抗Psの他に、転がり抵抗Pr、空力抵抗Pw、チェーン等の伝達抵抗PTとバランスして速度が維持される。文献(2)
ここで、伝達抵抗PTは十分小さいと仮定して無視すると、全体の走行パワーPは、以下(6)式で表される。
転がり抵抗パワーPrは、文献(2)により下式で表される。下式で、Crrは転がり抵抗係数、mは自転車全体の質量(kg)、Vは速度(m/s)だ。
一方文献(3)によると、空力抵抗パワーPwは以下で表される。下式中、ρは空気密度(kg/m^3)、Cdは空力抵抗係数、Aは前面投影面積(m^2)だ。
(5)~(8)式により、全体の走行パワーPは、以下となる。
(5)(7)(8)式に基づいて、転がり抵抗パワーPr、登坂抵抗パワーPs、空力抵抗パワーPwのそれぞれについて、数値計算した結果を下図に示す。また、数値計算に用いた前提条件を表に示す。
下図において、勾配10%以上の激坂でかつ、低速(10~20km/h)のヒルクライム領域では、登坂抵抗パワーが最も大きなパワーであり、他の転がり抵抗パワーPrや空力抵抗パワーPwは無視できることが分かる。
一方、平坦かつ高速(50~70km/h)のスプリント領域では、空力抵抗パワーPwに比べると転がり抵抗パワーPrは無視できる程度に小さいことが分かる。
(4)ヒルクライム速度とパワーウエイトレシオ
前節の図で示したように、ヒルクライム領域では、Pr,Pwは無視できるため、P≒Psとして、速度Vは、以下(10)式で表される。
(10)式中のmは、自転車の総重量である。サイクリストの体重をWc(kg)、自転車の車体重量Wb(kg)とすると、下式で表される。
ロードバイク の場合、Wc>>Wbと仮定すると、m≒Wcが成り立つ。また、ZWIFTなどの区分で用いられるパワーウエイトレシオPwrと FTP(=Functional Threshold Power、1時間継続して出せるパワー)の関係を用いると、(10)式は以下となる。
(12)式は、ヒルクライム速度Vは、パワーウエイトレシオPwrに正比例することを意味する。式(12)のヒルクライム速度VがパワーウエイトレシオPwrに正比例するとは、何とシンプルかつ美しいことか!
(5)ヒルクライムは、小柄が有利
本節では、かなり大胆な仮説(妄想に近いかも?!)を採用して、何故ヒルクライムは小柄な人が有利かを説明したい。
サイクリストの体重Wc(kg)は、体形などによるばらつきを許容した上で、一般的に、身長L(m)と以下の関係がある。
一方、FTP(1時間継続して出力できるパワー)は、筋肉に継続的にエネルギーを供給する血管の太さに依存すると仮定すると、血管の太さ(=面積)は、身長の2乗に比例すると考えられるので、以下の(15)式を得る。
(12)~(15)式により、以下が成り立つ。
(16)式は、ヒルクライム領域においては、登坂速度Vは身長Lに逆比例することを意味する。すなわち、(16)式は、小柄な人がヒルクライムで有利な傾向を示す証拠と考える。
(6)スプリントは、マッチョが強い
スプリント系選手が活躍するのは、平坦コースだ。平坦かつ高速度(50~70km/h)のスプリント領域においては、(4)節の図で分かるように、空力抵抗パワーPwが走行パワーのほとんどを占める。そのため、 (6)式でPs,Prを無視して、以下の(17)式が得られる。
(17)式を用いて、Vを求めると、以下の(18)式を得る。
(18)式で求める速度Vは、ゴール前の数百メートルのスプリント速度だ。そのため(18)式中のPは、1分以下の短い時間に出すピークパワーPpが該当する。
ピークパワーPpは、継続的に筋肉にエネルギーを供給する必要は無いため、血管の太さよりも筋肉量そのもの(Lの3乗)に比例すると仮定する。
一方、前面投影面積Aは、選手がクラウチングスタイルをとれば、高さは小柄な選手と同程度となるが、横幅は身長Lに比例して大きくなる。この考察により、前方投影面積Aは、Lに比例すると仮定する。
(18)~(20)式により、以下(21)式が成立する。
(21)式は、空力抵抗パワーだけで決まるスプリント走行の場合、速度は身長Lの2/3乗に比例することを意味しており、スプリントは身長が大きく大柄でマッチョな選手が有利である証拠と考える。
(7)まとめ
参考文献
(1)日本道路協会「道路構造令の解説と運用」2004年2月、p401、図3-60
(2)2020/2/23 当ブログ「何故自転車は速いのか? 自転車の車輪の転がり抵抗について-2」
(3)2013/7/26 CBNブログ 「 [特集] 自転車の走行抵抗について chapter 2」
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