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「自転車の車輪の転がり抵抗について-1」はこちら

「段差レベル区分」に対応した「転がり抵抗」とは?

 前記事[1]で、荒れた路面の転がり抵抗について検討した。その後「荒れた路面」と言っても一様で無いことに気づいた。具体的には、前記事[1]では、段差により人体(ライダー)は上下振動しないと仮定したが、実際にはライダーの胴体は振動しなくてもハンドルを握っている手や腕は振動しているケースもある。また、例えば、段差間隔がホィールベース(~1m)以上の場合には、人体も段差に追随して上下振動していると思われる。

 そこで本記事では、段差により振動する部分に対応した「段差レベル区分」という概念を導入することにした。そして、この「段差レベル区分」に対応した転がり抵抗について、モデル計算の手法で検討したので、報告する。

 

(1)段差レベル区分表の提案

 下表では、今回提案する路面荒さに関する「段差レベル区分」と、それらに対する状況説明および、上下振動する部分を示している。

 段差レベル0~1は、車体も人体も振動せず、段差は無いか、あったとしてもタイヤで十分に吸収されるレベルだ。段差レベル0の事例は、自転車のトラック競技の室内コースの路面、段差レベル1の事例は、程度の良い舗装道路が挙げられる。

 段差レベル2は、いわゆる荒れた舗装道路で、段差間隔Lが比較的短く、車体は小刻みに振動するが、時間周期が短いために人体(ライダー)が追随して振動することはない。事例としては、間隔がタイヤ接地面の長さ(*L)以下の段差が挙げられる。ここで、タイヤ接地面の長さL*とは、タイヤが路面に接触して凹んでいる接地面の進行方向の長さを指す。700Cロードバイクの場合、通常10cm前後だ。

 段差レベル3では、段差間隔Lが比較的長いため、一つの段差を走行する時間が長く、人体が段差に追随して上下振動する。そのためレベル3では、車体も人体も振動する。レベル3の事例としては、ホィールベース以上の長い間隔(1m以上)の段差、例えば、カーブ入口の段差舗装などがある。

 実際には「段差レベル2」と「段差レベル3」の中間領域があって、それが実際に最も起こりうる状況とも考えられる。しかしながら、そのような混在状況については、モデル計算が困難なため、今回の検討では、それぞれの「段差レベル」に限定して検討することにした。

路面の段差レベル区分表

 

 

(2)段差レベル0~1での転がり抵抗について
 段差レベル0~1では、段差が無いか軽微であるため、その段差の影響を考慮せずに、転がり抵抗を計算可能だ。したがって、2020年の当ブログ転がり抵抗の記事[2]で紹介したように、以下の(1)式で転がり抵抗係数を求めることが出来る。

ただし、*L、e、Rは、以下のとおり。

 *L=タイヤ接地面の長さ(m)

 e=タイヤ反発係数(0<e<1)

 R=タイヤ半径(m)

 

(3)段差レベル2での転がり抵抗について

 車体のみが上下振動する段差レベル2では、車体の振動を考慮して転がり抵抗を計算する必要があり、前記事[1]で検討したモデルが、このレベル2に相当する。したがって、前記事[1]で検討したとおり、等価転がり抵抗係数Crreは以下の(2)式で表すことが出来る。

ただし、Crr、e、ε、Z、L、mb、mtは、以下のとおり。
 Crr=(段差がない場合の)転がり抵抗係数
 e=タイヤ反発係数(0<e<1)
 ε=段差伝達係数(0<ε<1)
 Z=段差高さ(m)
 L=段差間隔(m)
 mb=車体質量(kg)
 mt=(人体を含む)総質量(kg)

 

(3)段差レベル3での転がり抵抗について

 段差レベル3では、間隔が長い段差を想定している。例えば、カーブ前の段差塗料などだ。この場合には、段差をタイヤが十分に吸収することはできず、車体が振動することに加えて、段差の走行時間が長いため、人体も段差に応じて上下振動することになる。

 今回検討する段差レベル3のモデルは、下図に示すように段差Zが等間隔Lで並んだ路面をタイヤが定速走行すると仮定する。

 実際には自転車のタイヤは2本あるが、それら2本のタイヤの転がり抵抗を別々に計算して合算することと、1本のタイヤに全質量が加わると仮定して計算することは、基本的に同じ結果になると考えられるので、簡単化のため、1つのタイヤで検討する。

 上図において、P2からP3に下降して得られる位置エネルギーは、タイヤで一旦吸収されるため、位置エネルギーの反発係数eの二乗倍が運動エネルギーに変換されると仮定する。

 一方、P4からP5に上昇するための位置エネルギーにより、運動エネルギーは位置エネルギー分だけ減少すると考えられる。

 また、転がり抵抗係数の定義によれば、転がり抵抗係数に抗力を乗ずれば、転がり抵抗力(Crr・mtg)が算出できる。したがって、その力積(Crr・mtgL)をとると、間隔Lを走行中に転がり抵抗により消失するエネルギーとなる。

  間隔(L)を定速で走行するとしたので、P1点とP6点の速度をそれぞれV1、V6とすると、以下の(3)式が成り立つ。

 右辺第1項は、P1点での運動エネルギーを表している。

 第2項目は、段差を下降して得られる位置エネルギーが一旦タイヤに吸収されてから変換された運動エネルギーを示している。タイヤの弾性損失のため反発係数eの二乗倍になっている。

 第3項目は、タイヤが段差を上昇して乗り越えるため、運動エネルギーから位置エネルギー(mtgZ)に変換されたエネルギーを示している。

 第4項目は、通常の転がり抵抗で失われるエネルギーを示す。

 第5項目は、等速走行するために投入するエネルギーを等価転がり抵抗係数Crreを用いて示している。

 ここで、定速走行を仮定しているので、V1=V6を(3)式に代入して整理すると、

 (4)式は、等価転がり抵抗係数Crreが、本来の転がり抵抗係数に比べて(1-e2)Z/Lだけ増大することを意味している。また、(4)式は、(2)式においてε=1、mt=mbとした場合の特例の式であることが分かる。

 一方、等価転がり抵抗パワーPrは、以下の(5)式で表される。

 (4)(5)式を用いて、CrreおよびPrの計算事例を以下に示す。段差レベル3においても、転がり抵抗は少なからず増大することが分かる。

 このような転がり抵抗の比較的大きな増大は、段差レベル3では間隔Lが長く上下振動の頻度は少ないものの、上下振動する質量が総質量mtのため大きいことや、タイヤ弾性による段差Zの軽減がない(ε=1)ことを反映している。

 

段差レベル3の等価転がり抵抗係数の数値計算事例

 

段差レベル3の転がり抵抗パワーPrの計算事例

(4)まとめ
 本ブログでは、これまで転がり抵抗についていろいろと検討してきた。今回記事では、段差のある走行路面に対して「段差レベル」という概念を導入することにより、これまでの検討結果も統合した形で、転がり抵抗(等価転がり抵抗)の計算式を、下表の様にまとめることが出来た。

 本記事に最後までお付き合いいただいた読者諸氏に、深く感謝申し上げます。

 

段差レベル毎の等価転がり抵抗係数

段差レベル区分

等価転がり抵抗係数Crre 文献
レベル0

[2]
レベル1
レベル2

[1]
レベル3

本記事(4)式


参考文献

[1]2024/8/13 当ブログ 「荒れた路面の転がり抵抗(修正版) -モデル計算-」

[2]2020/2/13 当ブログ「何故自転車は速いのか? 自転車の転がり抵抗について-1」